
ここに来て当時の思い出、興奮など思い起こされますか?
(森山)
そうですね、ここらへんでダイビングヘッド2回くらい決めましたね。ここのスタジアムは本当にお客さんとの距離がすごく近いし。あのころ本当に入りきれないぐらいの人が来て、超満員ということで、ものすごい盛り上がりの中でやれたんですけど。
ここからスタートしたんだなと思うと、懐かしい感じがしますね。
(金城)
森山さん、どんな気持ちでグランパスに入団されてプレーされていたんですか?
(森山)
僕の場合はやっぱり地元にプロのチームができると思ったときに、本当に戻ってきたいなという気持ちはあって。あとは選手としての野心とか、点とってやりたいとか、強くありたいとか。そういった偏った考え方とかがあったりした時代でしたね。
より点をとれば目立つし、勝てば喜んでもらえるし、という部分があったと思うんですけど、自分の達成感のほうが大きかったんじゃないかなと思いますね。
きっかけはアーセン・ベンゲル監督の就任でした。後にイングランドのアーセナルを常勝チームへと導いた名将です。当初は森山さんを先発として起用したものの、なかなか勝利につながらず、代わって先発に定着したのは、小倉隆史選手と、世界が注目するプレーヤー、ドラガン・ストイコビッチ選手でした。 森山さんはサブとしてベンチから試合を見つめる時間が増えていきました。 (金城) 先発と比べてサブというのは森山さんにとってどういう存在だったんですか? (森山) 先発メンバー外れちゃうわけでしょ、サブになっちゃうということでしょ。 プロとしては生きるか死ぬかくらいの、そういった価値で考えていたんじゃないかなというふうに思いますね。点とれなかったら俺の評価はなくなるし、もう辞めるしかないなと、極端な考え方はしていたと思いますね。 (金城) 生きるか死ぬか、それくらいの大きなことだった? (森山) 大きな差だったと思いますね。自分でもがっかりして、マイナス思考になったりとか。ネガティブな感じになって。もうやってらんないとか辞めてやろうとか、そういうふうになってたときもあるかもしれないし。移籍しようか、チームを変えようかっていう、そういうのもあったし。 周りの人たちも、レギュラーから外されたみたいな感じでとらえますからね、見る目が。自分がそんなふうに見られてるんじゃないかなというふうに思ったりもしたんですよね。そのネガティブな気持ちにすごく引っ張られちゃっているな、っていうのはしばらくありましたよね。 (金城) 先発のポジションで出場していたフォワードの選手に対してはどんな気持ちで見つめていたんですか? (森山) そうですね、点とることに関しては絶対に負けていないというふうに思ってたんで。もしかして人間的に嫌な部分、失敗すればいいのにとか、シュートを外せばいいのにと思ったところはあったかもしれないですね。人間なんで、たぶん、できてもない人間だったんで。たぶんそういった気持ちはあったと思います。 そんな森山さんを変えたのは、妻のあゆみさんからかけられたことばでした。 (森山) 「そこで逃げたらまた違うチームに行って、行ったとしても同じ問題があって、また移籍しなきゃいけないよ」と言われちゃったんで。 なんか、言われると、最初カチンとくるんですよ。カチンとくるんだけど、そのことばを何回も思い出して聞いているうちに、「やっぱそうだよな」「やっぱそうだよな」… 「そうだよな」なんて、徐々に切り替わっていくみたいな感じ。 サブとしてプレーするということは、途中出場という限られた時間でしかプレーできない、という状況です。その中で森山さんが目指したのは“1ショット1ゴール”。シュート1本でゴールを確実に決めることでした。試合中、出番を待つ間の過ごし方も変わっていきました。
例えば(チームが)勝っていて試合に使われないって分かっていても、最後までちゃんとアップしたり、ダッシュを何回も繰り返したりとか。前向きな行動にはつながっていったんですよね。「ああいった頑張りはどこかで誰かが見ているよ」って言われましたし。 「0-0」または「1-0」なんかで負けているときは、たぶん、このぐらいの時間から呼ばれると思うんで、逆算してアップしようかなって思って。ボールの中心をとらえて蹴るような練習をどんどんしながら、ちょっと気持ちを高めていって。集中力が上がってくると本当にボールの芯をとらえるんで。その感触、細かい感触をちょっと確認しながら。もうそろそろ出番がくるかなってベンチに戻って着替えだすと呼ばれるみたいな感じで。
1995年11月4日。第2ステージ第20節の柏レイソル戦。 グランパスにとって第2ステージ優勝の可能性が残る中で迎えたこの試合、グランパスはチャンスを作るものの、ゴールを決めることができません。先制したのはレイソルでした。1点差を追いかける後半17分、森山さんがピッチに入ります。 そのわずか2分後、ストイコビッチのパスを受けると、右足を振り抜きました。同点ゴールを決めます。さらに、その5分後には勝ち越しゴール。途中出場からわずか7分の間に2得点をあげたのです。公式記録によると、この試合、森山さんのシュートは2本。まさに“1ショット1ゴール”を2度決めたのです。 この試合で森山さんは、スーパーサブとしての地位を確かなものにしました。 (森山) あのとき、チームも点とって追いつきたいっていう気持ちも、負けているというのもあるし、ベンゲルさんが森山を入れたっていうことは、点をとりにいくぞというスイッチでもあったし。そこでスタジアムもそんな雰囲気になったし、みんなの思いが一致した中で、(ゴールが)生まれたっていう。 僕もそのひねくれた考え方とかも何もなく、すんなり入っていけたっていうか。自分のタイミング、すべてが一致したっていうかね。ものすごく集中力が上がっているというかボルテージが上がっているというか。まあ「ゾーン」に入っていくというか。何も聞こえない、動きがゆっくりに感じるとか、決めたシュートを覚えていないとかっていう。そういった状況だったんですけど。それこそ無心というかね。 あれが本当になかったら経験できなかったら、その後の活躍っていうかなかったと思うし、今の生き方もなかったんじゃないかなというのはあります。 僕が「やめてえな」とか「移籍したいな」とか、「なんで自分のよさわかってくんねえんだよ」とか言って、「あのコーチ、あの監督使えねえな」なんて考えているうちは何も変わらなかったんですけど。「よし、最高のゴール決めるぞ」って俺の中でそこの問題と向き合った瞬間に、たぶん好転し始めていったと思うんですよね。 (金城) この経験というのは森山さんにとってどういう経験だと思われますか? (森山) 与えられたことに関して、そこを目指す。ここも、やりがい、生きがいがあるなあ、なんて思いだしちゃったら、逆に、今度点とったらこのスタジアムの人みんな喜んでくれるな、なんて思うと、自分一人の達成感じゃないじゃないですか。自分の行動でこんなに人に喜んでもらえるっていうんだったら、どんどんやりたい。何かもうサポーターのほうからね、選手交代の要求をしてくるようになりましてね。 (金城) 森山さんを早く出せと。 (森山) そう。そういう時間帯になったらコールが出て。まあ一種の楽しみになったんだろうな、みたいな。
途中で出て流れを変えていく、流れに乗っていくっていうこと自体がやっぱりそもそも難しいことだと思うんです。例えば、自分の身でいうと、転勤もあります。新しい職場に飛び込んでいく、自分が入ったことによってプラスの方向に持っていければいいんですが、入ったことでマイナスになってしまわないかなっていう怖さもあったりして。 森山さんだったらどうなのかなと思うんですけど。 (森山) そうですね。やっぱりサッカーも人がやるスポーツなんで、職場も人がいての職場だと思うんで。やっぱり対話しながらね、お互いを理解しあうことが第一歩だと思うんですよね。話をしないと血流が止まったような状況になるじゃないですか。血流が止まったら、よくないですよね。 今考えていることとか思ってること、多面的な意見をどんどん聞きながら思いを同じにして。合っていない意見だったら合意形成して。進むべき道を確認しながら向かっていくっていうことが、やっぱり重要で。 (金城) 例えば今、自分の役割が見つけられない、組織の中でどういうふうに貢献していいのかわからないという人がいたとしますと、自分もそういう瞬間もあったりするんですけど、そういうときにどういう発想になっていったらいいなと思いますか? (森山) それは、できないものはできませんからね。だから自分の思っているものに関して、俺は点とることがあったから。でも、点とること以外、勉強もできないし、ちゃんとコミュ二ケーションもしゃべれないし、計算も弱いし。本当にね、いいところなんか見つからないんですよ。でも、点とるってことだけは、ちょっといいじゃん。
絶対、人には才能があって、いいところってあると思うんですよね。そのパーソナルの部分で勝負していくとか、自分のその才能、例えば外国語、語学ができるとか、計算が速いとか、めちゃくちゃ優しいとか。絶対ちょっとはいいことある。そこをやっぱりプラス発想していく。まず自分のよさを、よさというか才能、才能というとちょっと重くなっちゃうんですけど、ちょっといいところでもいいですよ。そういうのを見つけるといいですよね。
全員が仕事を抱え、中には子どものいる選手もいます。
子育てしながら選手やっている人もいるんで。コンディションを整えなきゃいけないけど、夜泣きがあったりとかしたら、夜、目をさまして子どもの面倒見ている。その中でも、やっぱり自分の好きなものをやりたいっていう、その頑張りには頭が下がっちゃうななんて思うんで。 もっとこのチームを名古屋の人たちに知ってもらって、応援してもらえるような状況になったらいいなあ、なんて。
川尻選手は、子どもとの日常がプレーにもつながっていると言います。 (川尻) 息子と選手入場することがいちばんの目標で。そのためにまあいろいろ頑張らなきゃいけないんですけど。 子どもって何するか予想がつかないので。走っていてつまずいてこけたりとかもよくあるし、あと、道路飛び出すとかもそうですし。なんかちょっと高いところからジャンプしたりとか、歩いていて本当こけたりするので。 何個も予想をして、自分の中で「次、何しないかな」って注意深く見ながら接することが多いので。サッカーでも予測とかに変換して、「次、何が起こるかな」って自分の中で想像してプレーしています。 (森山) 川尻選手が息子への思いっていうのをプレーに出そうっていうのは、違うパワー出せる可能性もありますし。チームがピンチのときに、パッと判断よく動いてくれたり声かけしてくれたりとか。そういうのはやっぱりチーム力、あなたにしかできないっていうね、プレーなんじゃないかなと思いますね。
(森山) みずから考えてやっていくっていうことは、サッカーだけじゃなくてほかの社会にも通用することだと思うし。監督・コーチの指示待ち、答え待ちだと、与えられたことしかやれなくなっちゃうんで。思考停止になっていると頭使わなくてもよくなっちゃうから。サッカーでもだめだな、普通の生活でもだめだなっていう。 自分で考え行動できる人材になっていけば、どの企業にも必要とされる、どの組織にも、どのコミュニティにも必要とされる人になっていくんじゃないかなっていう。「あなたしかいない」っていう人材になれば、それはスーパーサブですよね。「あなたじゃないとダメなんです」って言わせちゃったら勝ちですよね。 (金城) 改めてスーパーサブって今振り返って、どんな存在だというふうに考えてらっしゃいますか? (森山) そうですね。まあ最初はメンバーから外されたネガティブなものかなと思ったけど、要は、いろんな役割があるってことは、カレーに福神漬、最高じゃないですか(笑)どんなものにも意味があって、どんなものにも価値があって、って。 だから、スーパーサブも重要なポジションですよ。 自分がそう言われて世に出てきたかもしれないけど、もっともっと前から、チームがあって支える人がいて、サブの控えの選手がいて活躍した人っていっぱいいると思うんですよ。たまたま僕がJリーグっていう中でそういう役割をさせてもらって、また認知してもらって今でも覚えてもらっているっていう。だから、ちょっと外れただけでネガティブになっていたらもったいないよっていう感じは、今なら言えるなっていう。
先発メンバーから外れて
そして、スーパーサブへ
「ちょっといいところ」で勝負
女子サッカーの指導者として
「あなたしかいない」存在に