「子どもが取り残されていたと連絡を受けたとき、一体何が起こったんだろうととてもびっくりしました。去年、福岡で起きた事件のニュースは見ていましたが、まさか自分の息子が被害に遭うとは思ってもいませんでした。夏だったら息子は亡くなっていたかもしれないと思います」
NHKに当時の思いを語ったのは、去年11月、大阪・守口市の認定こども園で、通園バスの車内に当時2歳の息子が取り残された父親です。この男の子は体調に問題はありませんでしたが、およそ1時間半にわたってバスに取り残されました。
バスを降りてからも、すぐに神社に移動したため、通常なら登園後に一番最初に行う子どもたちの確認もしていませんでした。
イベントが終わり、神社から戻った担任が親から預かったかばんが教室にあるのを発見。不審に思ってバスの中を確認したところ、男の子を発見したということです。担任は福岡県の事件が頭をよぎってバスの中を確認したということでした。 結局、男の子はおよそ1時間半取り残されていました。 守口市ではその後、大阪府に報告したうえで共同で園の監査を行い、市内の保育所や幼稚園などに周知し、取り残しに注意するよう呼びかけたということです。
「当初、報告を受けた際、自分の園で起きたことが信じられず、園を信じて子どもを預けてもらった保護者に申し訳ない気持ちになりました。起きた時期が夏であれば園児の体調に何事もなかったとは考えられず、冬場で良かったとは決して思えませんでした。子どもにも申し訳ないです」 取り残しが起きたあと、園では▽子どもをバスから降ろす際に運転手や保育士など4人で同時に車内を確認しているほか、▽子どもの乗車時に名簿の名前の横に○印を付け、降車時には○印の上からマーカーで線を引くルールにしたということです。
(園長の男性) 「対策を進めてきましたが、安全対策に終わりはないと思うので、今後も対策のブラッシュアップを続けたいです」
その結果、守口市のケースに加えて、大阪市、高槻市、河内長野市の4つの自治体であわせて5件、起きていたことがわかりました。このうち、大阪市の保育園では平成26年7月、2歳の男の子がおよそ5時間にわたって取り残されて救助されています。 すべてのケースで、子どもの体調に問題はありませんでした。
見えてきた課題の1つが「ミスが共有されず、対策に生かされていない」ということです。 NHKが確認した5件のケースはいずれも自治体は公表しておらず、関係者の間で情報が共有されている場合もありましたが、それも限定的でした。 守口市で息子がバスに取り残された父親は、事故を公表して教訓として生かしてほしいと繰り返し求めたものの、基準に達していないとして公表されなかったということです。
「もし、息子の事案が公表されていれば、関係者の関心も高くなり今回の静岡の事件を防げたのではないかという思いもあります」 実は、保育園や幼稚園などで取り残しが発生した場合、国は、子どもが▽死亡、もしくは、▽治療に30日以上かかるけがをした時は、「重大事故」として報告することを求めていますが、それに満たない場合は、施設側の判断で報告されないことがあるのが現状です。 ただ、教育現場の危機管理に詳しい東京学芸大学教職大学院の渡邉正樹教授は、重大な事故には至らないものの一歩手前の危険な状態だった『ヒヤリハット』の事例にこそ注目すべきだとしています。
「過去に重大な事故が起きた現場を調べると、事故の以前から『ヒヤリハット』が起きているケースが多く、その時点で対策をしていれば防ぐことができた可能性があった。『ヒヤリハット』の事例を全国的に集めてほかの園とも共有し、事故を防ぐ対策として生かすことが大切だ。『ヒヤリハット』を収集する体制がないことは大きな課題で、こども家庭庁などがその役割を果たすべきだ」 実際、NHKが確認した5件のうち、去年11月の守口市と、ことし5月の高槻市のケースは、どちらも行事が開催される日に起きていて、バスの運行手順などがいつもと異なっていたという共通点がありました。 大阪府は今後、ヒヤリハットを共有することにしていて、保育園や幼稚園、認定こども園などに対して、バスなどへの子どもの取り残しが発生した場合は、けがの有無や取り残した時間の長さにかかわらず、すべて報告するよう求めたということです。 府は「集めた情報から原因を分析するとともに、関係機関などと共有して再発防止に役立てたい」としています。
福岡県で5歳の男の子が保育園のバスに取り残されて死亡した事件を受けて、国は去年8月、保育園や幼稚園などに対して、▽通園バスには運転手以外の職員を同乗させて座席などを確認することや、▽登園時や散歩の前後に子どもの人数をダブルチェックする体制を取るなど、安全管理を徹底するよう通知しました。
通知の内容がしっかり徹底されていれば、同じことは起きないのではないか。 そう考えて、府内の43のすべての自治体に取材すると、すべての自治体が国からの通知を幼稚園や保育園などの現場に周知していた一方、7割近くの自治体は対策が実際に行われているか確認していませんでした。 守口市で息子が取り残された父親も対策が実行されていたかに疑問を感じていました。
「通知の後、実際に対策が取られたかを行政がきちんと見届けているのか疑問があります。通知が守られていれば息子の事案は発生しなかったと思います」 渡邉教授は、対策を“施設任せ”にしてはいけないと指摘します。
「安全対策は、施設側に任せきりになるのではなく、行政も所管する部署がきっちり対策の状況をチェックすることが大切だ。定期的、あるいは予告なしに施設に足を運んで直接確認に入るような取り組みを継続的に実施すべきだ」 また、保護者が施設側に対して、安全対策を尋ねることも有効だと指摘しています。 (渡邉教授) 「施設側は、保護者に安全体制についてきちんと説明する責任がある。保護者と施設側が日頃から子どもを守る対策について話をする機会を作ることが大切だ」
重なった職員のミスで
園長「申し訳ない」
大阪では少なくとも5件発生
「ヒヤリハット」の共有こそ大事
対策の実効性 チェックを