和歌山市の山崎浩敬さん(61)は自宅の風呂場で急に全身に力が入らなくなりその場に倒れ込みました。
「体が動かない」
自分の身に、いったい何が起こったのか。
救急車で病院に運ばれ、そのまま緊急手術。
脳梗塞でした。
一命はとりとめたものの、右半身にまひが残り、話すこともままならない状態でした。
「あれね、死んでたかもわからんねんね。遅かったら。ほんまにね、人生、目が見えたころ、目が見えやんころ。それで、半身不随になって。3つの人生やってるで。神様許してくれって思う」 病院のベッドの上で悔しさをにじませました。
勤め先まではバスで通勤。道路の溝や、車の音。 それまで気にならなかったこと、一つ一つが大きな負担となりました。 職場にたどりついた時にはもう、くたくた。 仕事にも嫌気がさし、辞めようとさえ考えていました。 山崎浩敬さん 「一時、やっぱり目が見えなくなった時、荒れてた時期があるんですよ。いちばん仕事とかバリバリやれる時期にできなくなってしまってるんで。もう仕事も辞めようかなと」 そんなある朝。 山崎さんはいつものように停留所でバスを待っていると、女の子の声がします。 「バスが来ました」
山崎さんと同じバスを待っていた和歌山大学教育学部付属小学校に通う児童でした。 その日から、山崎さんと女の子の交流が始まりました。 停留所でバスを待つ間や車内では学校の出来事について教えてくれました。 女の子との時間を過ごすうちに、あんなに嫌だった通勤時間は幸せな一日の始まりになっていました。 しかし月日は流れ、女の子は小学校を卒業。 「また一人で通勤か」 そう思っていると、声が聞こえます。 「バスが来ました」 山崎さんと女の子の登校を見ていた、下級生の女の子でした。 見よう見まねでサポートしてくれたのです。 子どもたちがみずから始めた「小さい手のリレー」は山崎さんが去年、脳梗塞で倒れるまで10年以上にわたって続きました。
1年生のころから毎朝、停留所で会う山崎さんとの会話を楽しみながらサポートを続けてきました。
「ママが言ってたけど山崎さんがみんなと一緒に行きたいって言ってくれてたから。だから、頑張ってほしい。山崎さんに会いたいなぁ」 ことし山崎さんに送った年賀状には、励ましのメッセージを添えました。 「またいっしょに行けるのを待ってます。がんばってね!!」
最初は1人で立つこともできませんでした。 支えてもらいながら、わずかな距離を歩くのが精いっぱい。 白じょうを持つ右手にも力が入りません。
それでも気持ちを奮い立たせました。 山崎浩敬さん 「子どもたちと一緒にバスに乗りたいっていうのがあるから、リハビリ頑張ってる」 その思いを胸に休むことなくリハビリを続けた山崎さん。 やがて少しずつ、手や足に力が入るようになってきました。
山崎さんは少し足をひきずりながらも、手に白じょうを持って1人で歩けるまで回復しました。
ことし2月。娘に誘導してもらいながら、バス停までの道の途中にある西前さんの家を訪ねました。 「おはよう友雅ちゃん」 山崎さんはいすに腰をかけ、あいさつしました。 そして、大切な話を伝えました。
「もうほんとはね、頑張ってね4月からバスに乗ろうと思ったんやけどね。お医者さんもねあのバスのステップがやっぱり高いのが、なかなか足あがらんからもうちょっと4月に復活は無理やねって言うから。残念ながらバスに乗るのを諦めた」 西前友雅さん 「また一緒に行けたらいいなと思ってた」 山崎浩敬さん 「でもたまにバス停へ顔見に行くわ。歩くリハビリかねて」 山崎さんがあえて明るくふるまうと、西前さんは少しほほえんでほっとした表情を見せました。
これまでサポートしてくれた3人の子どもたちが集まっていました。 山崎さんは子どもたちにこれまでの感謝を伝えました。
「今までサポートしてくれてありがとうございます。本当に楽しい通勤時間でした」 子どもたちも山崎さんに回復のお祝いとこれまでの感謝を伝えました。 「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました」
中には子どもたちが頑張って作った点字のメッセージカード。
西前友雅さん 「4年間ありがとうございました。また一緒にお散歩行こうね」 山崎浩敬さん 「うれしいな。涙出てくるわ」 寂しさとうれしさ。 そして子どもたちとのたくさんの思い出がよみがえります。
「僕の人生、もっともっとつらい人生やったと僕は思うんやけど、あの子たちと知り合ったおかげで、目が見えなくなった、残りの人生が思い出がたくさんできたと思います」 たくさんの子どもたちがつないできた「小さい手のリレー」 1人の女の子のさりげない優しさは途切れることなく続き、山崎さんの支えになっていました。 そのリレーはゴールを迎え一緒にバス通勤することはなくなりましたが、子どもたちとの思い出は、これからも山崎さんを支え続けます。
「小さい手のリレー」
「またいっしょに行けるのを待ってます」
「子どもたちと一緒にバスに乗りたい」
寂しくても笑顔で
“みんなの小さい手に”ありがとう